広島市中区の内科・脳神経内科・アレルギー科・漢方内科 いのうえ内科脳神経クリニック


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昭和45年からある街の医院、いのうえ内科脳神経クリニック

  • まずは医師になろうと思われた経緯をお聞かせください。私が5歳の時に父がこの舟入の町でかかりつけ医として開業しました。当時自宅とクリニックが併設してたこともあり、病気の患者さんが受診されたり父が真夜中にでも往診に行く姿を見て育ってきました。人の命を授かる仕事をし、近所の人にも好かれて頼られている父の姿を見て、自分も大きくなったら父のようになりたいという憧れがありました。以後病気で困ってる人に出会う度にますますこの憧れが現実のものになってきました。小学校ではカープブームにあやかり野球選手を夢見たり(これは本当に夢)、高校では受験勉強をしているうちに、数学という学問に強い興味を抱いたり、剣道家への夢(現在剣道五段)を持ったり、医師への道もぶれることがありました。県外の高校で寮生活をしてた高校三年の夏に、自宅で一か月ほど過ごす機会がありました。その時に再度、患者さんを診ている父の真摯な姿に出会いました。また、父が尊敬していた故玉木正男京都大学放射線科名誉教授から熱いメッセージが書かれた手紙をいただきました(教授とは兼ねてから親しくさせていだき私もいろいろなことを相談する間柄でした)。手紙には放射線医学の一流誌に掲載された論文別冊が入っており、数学を駆使した内容のものでした。学問に対する興味は、分野という狭い領域にこだわるべきではないことを確信し、自分の好きなことをして人助けがしたい、ありがとうと言われたいという我が性格を振り返りました。その年の秋に医師になりたいと思いました。
  • 開業にこの街を選んだ理由は何でしょうか?父は私に一度も医者になれとは言わず、また、開業しろとも言いませんでした。医学部を卒業した年に、55歳の母がくも膜下出血で亡くなりました。母はかねてから私が後を継ぐことを期待していました。舟入の地で昭和45年から開業後、両親は汗水たらし続けており、今から少しスピードダウンし、仕事以外の楽しみも始めようかという矢先の母の突然死でした。その後、父はやはり再び、仕事一途に82歳まで開業を続けました。80歳の時に胃癌を患っていることが発覚した後も、私には跡継ぎの話はせずにいました。平成24年春には、抗がん剤の副作用と癌の進行により歩行もままならなくなっていました。そのとき私の高校からの取材が偶然ありました。卒業生とその父の今、というタイトルで学校のPRのため取材に協力をしてほしいとのことでした。その中で、将来の跡継ぎについてインタビューがあり、無口な父が私への後継について希望していることを話されました。その日に舟入の地で開業しよう、そして、父と母が築いた井上内科胃腸科医院を継承開業しようと決めました。父はその年の7月14日、82歳で逝去しました。亡くなる数日前には、意識障害から回復して少し会話ができました。父の手を握り「お父さん、僕がんばるからね。」と言った時、父の優しい笑顔を見ました。父との約束と言ってよいでしょうか。父の患者さんを責任をもって引き継ごうと決心しました。
  • 先生が診療の際に心がけていることは何ですか?患者さんにとって何が一番大切なことかを常に考えることです。一番大切なことは、病を治すことですが、治る病気以外にも治らない病気や付き合わないといけない病気を複数持っている患者さんが多くいます。当然、診断や治療も優先順位がありますし、患者さんにも希望があります。ときには、患者さんの希望に沿った診察が、患者さんにとって本当によい方向でないこともあります。余命が数か月の方に厳しいダイエット治療を勧めたり、若い方で破裂しそうな巨大動脈瘤を手術希望しないため放置したりすることは避けたいものです。もちろん、最終的には患者さんの希望ですが、プロである医師が導いてあげる必要があると自負してます。理想とされる治療を患者さんやご家族が望むように説明していくのも、プロの務めと考えます。そのためにはも患者さんの話を聞くことは大切です。私自身からお話を聞く以外にも、アンケートを使用したり、看護師さんをはじめとしたスタッフが十分お話を聞くようにシステムができております。
  • 最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。専門は頭痛・めまい・しびれなどの脳神経ですが、一般医(ドクターG)として風邪をはじめ、なんでも相談に乗ります。
    昭和45年からある内科医院ですが、父がご高齢になった時は患者数も少なくなっていたり、江波線の電車通りから一つ入った一方通行の道に面しており、まだまだ知名度は低い印象があります。平成24年7月に父からクリニックを継承し、徐々にクリニックを覚えていただける人が増え、患者さんの数も多くなりました。当院を選んでいただいたのも何かの縁だと思い、本当に感謝しております。
    患者さんの病気を見つけ治療するということが自分の仕事であり、患者さんやご家族からありがとうと言われるのが生きがいです。脳神経をはじめ、誰にも負けない医療を提供したく思う所存です。皆様との出会いを大切にしたく思い、そして皆様の幸せを祈念いたします。



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