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堤電工㈱ 代表 堤 振一郎さん

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堤電工㈱ 代表 堤 振一郎さん

未来を見据えた変革で誰もが働きやすい環境づくりに尽力したい

電気設備および給排水設備などインフラに関わる事業を続けてきた堤振一郎さん。文系の野球少年から一転して電気工事の世界に飛び込み、時代の変化に身を置きながら大病も経験して、改めて考えるご自身の使命などについて、気さくに語っていただきました。

堤 振一郎さん

電気工事の技術は、高校や専門学校で身につけたのですか?

全然です。小学生の時からずっと野球に打ち込んでいて、高校も普通科で文系を選択していました。卒業後は専門学校でスポーツ医学を学びながら野球を続け、社会人でも継続。ポジションはピッチャーでした。しかし皮肉にも実業団チームに誘われたことが、野球をやめるきっかけになりました。22歳くらいの時で、何か別のことをしようと思い立ったんです。

とはいえ何かやりたいことがあるでもなく、会社をやめてパチンコをしながら求人情報誌を眺める日々を過ごしていました。そんな時に目についたのが、住宅設備の電気工事をしている会社の求人で、「手に職を付けておいたら強いだろう」と面接へ。何の資格も経験もない若いもんがふらりとやって来たので、先方も「3ヶ月もたんじゃろうけど、それでもよかったらやってみぃ」という感じで入れてもらいました。

やってみると、プラモデルを組み立てる感覚で、自分が作ったものが形になる。数値で明確な答えも出る。面白かったし、向いていると感じました。自分に何が向いているかなんて、やってみないとわからない、という体験にもなりました。

その後、会社を立ち上げた経緯を教えてください

会社に勤めながら、休日に知人の依頼で電気工事をするアルバイトをしていました。そのうちに知人が事業を本格的にするから、「お前も独立して手伝ってくれ」と言われたんです。それならやってみようかと独立したのが29歳の時でした。

ところがしばらくして、その知人の会社の仕事量が激減。それまでは回された仕事をこなせばよかったのに、突然仕事がなくってしまって。どうしようかと考えて、初めて自分の名刺を作りました。それまで営業をしたこともなかったのに、あちこちの知り合いや現場を訪ねて名刺を配りまくって、どうにかこうにか仕事をもらえるようになって今に至ります。

事務所外観

現在の事務所外観。2027年に創業20年の節目を迎える

今はどんな事業を手掛けていらっしゃいますか?

主にビルなど事業所の電気設備工事を手掛けています。お客様の要望に応えているうちに給排水の工事や、時代の流れに応じてドローンを用いた外壁診断や太陽光発電機の点検なども行うようになりました。

自分がこの業界に入ってからの20数年の間に、電気や情報機器に関する環境は大きく変化。今や電気は情報化社会を支える上で欠かせないものになりましたし、ネットワーク環境の進化も目覚ましいものがあります。もちろん水道も生活する上で重要なインフラです。人々の生活の基盤を支える重要な役割を継続して担いつつ、時代の進化に即して常に勉強して対応していかなければならない、昔気質と最先端が混同したような仕事ですね。

組合の方でも活躍されていると聞いています。

会社を立ち上げた時から広島県電気工事工業組合に所属していて、今は青年部長を務めています。組合は全国組織で、所属している事業所の多くが小さな工務店などの零細企業。自社の仕事を抱えながらの組合の仕事は時間も取られるし、正直負担も大きいですが、業界全体で取り組んでいかないと未来の発展につながらない課題が多くあります。

一番急務な課題は業界の高齢化と人手不足。ただでさえ人が足りていないのに、近年はコンプライアンスも厳しく、労働時間も限られます。そこで仕事の効率化を業界全体で共有できるように、組合としてDX化に力を入れています。年配の職人さんの中には「そんなのわからん」と聞く耳を持ってもらえない方もあったり、なかなか苦戦していますが、私たちの世代が基盤を作って次の世代に繋ぐことが使命だと考えているので、進むしかありません。業界では異端児扱いですが、出る杭は打たれても、出過ぎた杭は目印になりますからね。

仕事を続けてきた上で転機がありましたか?

一つは大きな病気を経験したことでしょうか。朝起きた時にこれまで感じたことのない後頭部の痛みを自覚して、自分で運転して近くの病院に行ったら、脳動脈解離でした。「動かないで!」と大慌てで救急車を呼ばれて大きな病院に移り、一週間入院しました。脳の中の動脈が裂けてペロペロしている状態で、外側に破れたら脳内出血、内側に破れたら脳梗塞を引き起こすリスクがあったようです。

予定外に仕事を休むことになり、周囲に迷惑をかけました。お世話になった恩人からは、「お前は人の話はいっそ頭に止めんくせに、なに血ぃ止めてるんや!!」と怒られました。またその恩人に以前から言われていたことも改めて考えるきっかけになりました。

それは、「お前が一人で働いてなんぼ稼げるんや。社員の足元を照らすんが、お前の仕事じゃろうが」という言葉。

死ぬかもしれないという時に、やり残したことを考えたら、社員が育っていないことだったんです。退院してから、任せること、見守ることを意識して、自分がいなくても回る組織づくりに力を入れるようになりました。

事務所外観

堤さんが大切にしている言葉が並ぶ社長室

地域貢献にも力を入れていらっしゃるのですね。

地域貢献というほどではありませんが、自身も野球をしてきて、アスリートの友人も多いので、地域のスポーツへの支援を少し行っています。

その一つが、女子プロゴルファーの支援。広島出身の廣瀬加奈さんと関西の福田侑子さんのスポンサーをさせていただいています。

微力ではありますが、これからも一生懸命邁進しているアスリートたちの応援をしていきたいと考えています。

女子プロゴルファーの廣瀬加奈さん(左)と関西の福田侑子さん

女子プロゴルファーの廣瀬加奈さん(左)と関西の福田侑子さん

ご自身のストレス解消や健康維持のために行っていることは?

ストレスを貯めないために心がけているのは、一日の中で10分でも15分でも自由な時間を作ること。いろいろなことにチャレンジしたい性分なので、子供の頃に習っていたピアノを40歳になって再び始めました。社長室にピアノを置いていて、それを弾いて気分転換することもあります。

あとはゴルフですかね。社員や知り合いと自然の中でゴルフをして回ることは、ストレス解消にも健康維持にも役立っています。自分の中では、ゴルフは仕事と考え方や攻め方が似ていると感じていて、たくさんの方々からアドバイスをいただけることもあり、とてもリフレッシュできますね。

社長室に置いてあるピアノ

社長室に置いてあるピアノ

シングルプレイヤーの堤さん。左は社員の柳田さん

シングルプレイヤーの堤さん。左は社員の柳田さん

最後に、これからの展望を教えてください。

大切にしている理念は、仕事においても人生においても「誰かがつまずいたら手を差し伸べられる人になること、自分がつまずいた時には誰かに手を差し伸べてもらえる人になること」。自分自身も、いろいろな人に多くのことを教わり、たくさん助けてもらってきたので、それを若い子たちの手助けをすることで返していきたい。

先にも述べたように、業界の高齢化や人手不足が課題なので、この仕事がもっと楽しくなるように若い世代をサポートして、その魅力を広く伝えていかなければなりません。その一環として、地域の中学生の職業体験も受け入れるようになりました。

もう一つ考えているのは、女性の活用。女性が少ない業界ですが、教育と働きやすさの環境を整えれば、細やかな配慮ができたり、手先が器用だったり、生活目線での提案ができたりする女性の力を発揮してもらえる仕事だと考えています。業界に女性登用の活路を率先して切り拓いていけたらいいですね。

堤 振一郎(つつみ しんいちろう)

広島県電気工事工業組合青年部長
堤電工株式会社代表
1976年広島市生まれ
小学生の時から野球を続け、専門学校卒業後、営業経験を経て日東電機株式会社へ入社。
2007年独立して堤電工株式会社を設立。
電気設備工事、給排水設備工事、リフォームなどの事業のほか、飲食店も経営。

【堤電工株式会社】
https://www.tsutsumi-denko.com/

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